人に好き嫌いがあるのは仕方がないが、食わず嫌いはもったいない。やらず嫌いももったいない。
ゴルフのプレー代はバブル期の二分の一、ところによって、平日、シーズンオフには三分の一にまで下がり、敷居は随分と低くなってきている。ゴルフを始めるのにはもってこいのタイミング、それが今。
ゴルフのサポーターであって、決してゴルフの営業マンではない私だが、やったことがない人には、是非一度やってみることをお勧めしたい。そして少し続けてみて欲しい。ゴルフの面白さがジワジワと分かって来ると思う。もう一度言いたい「やらず嫌いはもったいない」と
「ゴルフはすぐにうまくはならないが、いつ始めても遅すぎることはない」
(ゴルフ界の名言男 フィリップ・モンクリーフ)
わが国のゴルフ人口は、1995年頃の1千5百万人をピークに、ここ15年で約35%位減っているという。現在およそ1千万人弱。
これはバブル崩壊以降、ゴルフを接待、コミュニケーションツールとして使っていた中高年層のゴルフ離れと、若年層の新規参入が思ったほど進んでいないことなどが要因となっているのではないだろうか。
確かに減少率からするとゆゆしき問題のように思えるかもしれないが、これをもって日本ゴルフの衰退というには早計に過ぎると思う。これは、日本のゴルフ黎明期からゴルフ大衆化、そこからゴルフ成熟期へと向かう過渡、ブラッシュアップされていった数字だと考えたい。
この1千万弱という我が国のゴルフ人口、これはアメリカに次いで世界第2位。ゴルフ場の数においても、日本はアメリカ、イギリスに次いで世界第3位。我が国はまぎれもなく、ゴルフ大国である。
時間やお金に余裕がない、敷居が高いなどでゴルフをやらない若者たちがたくさんいるらしい。
これはイメージ先行に他ならない。確かに古く日本のゴルフ場は、下っ腹を突き出したお金に余裕のあるおじさん達で溢れ、長きにわたり政談、商談、社用族の接待の場であった。これが、ゴルフ黎明期。
しかし時は過ぎ、日本のゴルフ場事情は大きく様変わりしてきた。そのきっかけが、バブルの崩壊。以降接待族がゴルフ場から退場した。そこでゴルフ場が行ったのが、一般ゴルファー集客のためのプレー代の値下げ、キャディを付けないセルフプレーの普及だった。これがゴルフ大衆化の幕開け。
まだまだ海外のプレー代より割高という声もあるかもしれないが、日本のゴルフ場におけるクラブハウス、コース、レストランなどの施設ならびにサービスの質の高さを考えれば、料金は限界まで下がっているのではないかと思う。間違いなく料金、敷居は、だいぶ下がってきている。
以前私が使っていた栞に、中国の古い諺がプリントしてあった。
もし1時間幸せになりたいのなら、酒を飲みなさい
もし3日間幸せになりたいのなら、結婚しなさい
もし8日間幸せになりたいのなら、豚を丸ごと買って食べなさい
もし永遠に幸せになりたいのなら、ゴルフを覚えなさい
この故事を調べていくと、ゴルフの部分は釣りとするものが圧倒的に多かった。おそらく原文は釣りであったのだろう。釣りの部分をゴルフへとアレンジしたのは、おそらくゴルフの愛好者、作家、雑誌編集者辺りだろう。
この故事のアレンジャーに、ゴルフサポーターの私が一つだけアドバイスしておきたい。家内安全、家庭円満でゴルフを続けていくためには、こうしたほうがいい。 酒 < 豚 < ゴルフ < 家庭 と
広大な土地にセッティングされた18のホールから成るコースで競われるボールゲーム、これがゴルフ。そこには、芝生、草むら、林、上り坂、下り坂、崖、水場、砂場などが用意されている。屋根付きドームであるはずもなく、季節で、その日の天候で、コースの顔は様変わり。
誰が考えたかこのゲーム、広大なフィールドで、孫の手、耳かきのお化けのようなクラブを使い、あのちっちゃなボールを、あのちっちゃな穴に放り込む、これは果たしてスポーツなのか。
一度始めると多くの人が夢中になる、ゴルフは魅惑的なボールゲームである。ただボールを穴に入れるだけのゲームとたかをくくってはならない。ゴルフをやらない人が思っている以上に、ゴルフは難しく、奥が深く、そして面白い。だから一度始めると、多くのゴルファーは生涯ゴルフを続ける。クラブを杖代りにしてまでも、コースを歩く。
「ゴルフの唯一の弱点は、面白すぎることである」 (英国ゴルフ評論家 ヘンリー・ロングハースト)